ユニ・チャーム 高原豪久社長(56)
ユニ・チャームは日本やアジアの紙おむつ・生理用品市場で高いシェアを握り、成長を続けている。かじを取るのは、就任から18年目を迎える高原豪久社長だ。「トップをこれだけ長くやっていても、『この程度でいいや』なんて思ったことは一度もないし、マンネリになっている暇などない」という同氏は、人づくりに関しても、さまざまな試行錯誤を重ねてきた。
――朝6時半に出社し、最初にする仕事が、その日に誕生日を迎える社員へのメールだそうですね。
「1日の中で一番気持ちが落ち着き、頭のさえている時間を、一番大切な存在である社員に使おうと考えて、社長就任時から始めました。出張などでどうしても無理な時は数日遅れになる事もありますが、普段は毎日書きます。もう通算で1万6千通くらいになりますね。はじめは秘書が代行していると思っていた人も『これは社長本人がやっている』と気づくようです」
「文面は一人ひとり違います。異動歴などキャリアはもちろん、これまでに直接交わした会話やメールの内容などを思い返し、その人のことを思い浮かべながら書くんです。1人あたり10分くらい。誕生日の社員は1日平均4人ぐらいなので最低40分はかかります」
「受け取った社員の9割は返事をくれますが、中には返して来ない人もいます。だいたい同じ人なので、今回も返事は来ないだろうなと思いつつ、こちらは毎年出します。すると思いが通じるのか、ある年から突然返信してくる人もいます。そんな時はやっぱりうれしいですね」
――どういう返信が多いのですか。
「大抵は当たり障りのない感謝から始まって『頑張ります』みたいなことで終わるのですが、2割くらいの社員は、会社や職場の問題点を指摘してくれたり、自分なりのアイデアを書いてくれたりします。メールは一対一だし、面と向かっては言えないことも伝えやすいのでしょうね。メールは全部保存しているので、見返すと社員の成長ぶりも確認できるんです」
「私自身が望んでいるのは、やりとりを通じて社員が何かしら気づいたり、触発されたりすること。平たく言えば、成長のきっかけになることです。よく『普通の教師は教える。良い教師は諭す。最高の教師は心に灯をつける』と言いますが、リーダーとして大事なのは、2番目と3番目。つまり『気づかせる』ことじゃないでしょうか」
幹部候補にカバン持ち
――社長自身が気づくこともあるのですか。
「もちろんです。例えば、人事評価があまり芳しくない社員がいたとします。人事データだけではその背景が見えません。しかしメールでやりとりしてみると、意外にしっかりとしたタイプであることがわかったりします。今はちょっと停滞しているだけで、異動などで新しい環境に置いてあげれば開花するかもしれないと考えたりします」
「誕生日という大義名分があるおかげで、変に身構えることなく直接コミュニケーションができる。お互いに気づかされることもある、という意味では非常に貴重な機会なのです」
――人を育てるためのユニークな仕掛けは他にもありますか。
「私は、人を育てるなんてできないというのが持論です。育つのは本人なんですから。それと『人は自分が育てられたようにしか(人を)育てられない』とも思っています。親子関係でもそうだし、会社の上司と部下の関係もそう。自分が子どもの頃、親にされて嫌だったことは、自分の子にはしないとか、してほしかったことをしてやろうとか、いろいろ考えるものですが、結局、親になってみると育てられたようにしか育てられないものです」
「だからこそ、育てる側・教える側の責任は非常に重い。上司にその責任を自覚してもらう狙いで、2016年度からは新人の営業社員の社内ドラフト制度を始めました。配属先を人事部門が主導で決めるのではなく、各支店が新人育成計画や欲しい人物像に基づいて指名するのです」
「いつの時代でも上司・先輩は新入社員に対して『若い奴は……』とこぼします。もっとも我が社は比較的、面倒見の良い社員が多いと思いますが、これを強化する狙いで社内ドラフト制度を導入しました。何と言っても自分で指名して異動してもらうのですから、きめ細かく丁寧に育てなければという責任感を抱きやすいと思います」
「30~35歳の幹部候補社員が2カ月交代で、社長のカバン持ちをする仕組みも作りました。年間6人が限度ですが、現在約60人が待機しています。経営者は誰と会って、どんな話をし、どう決断しているのかを直に学んでもらうのです。結局、会社は社員が育ちやすい環境や、気づきやすい環境を提供することしかできないと思います」
副業で人間の幅広げる
――4月から副業を解禁したそうですね。
「副業によって、その社員の能力や人間性が高まるのであれば、これを妨げるべきではないと思いました。働き方改革に関する議論で欠けているのは『残業を減らした時間を何に使うのか』という論点です。その時間を有効に使って、何らかの気づきを得てもらいたい。副業も、社員にとって能力が高まり、人間としての幅が広がるようなものを選んでほしいと思います」
「意欲のある社員を支援するため、自己啓発などのメニューも会社として用意しています。例えば、歌舞伎や居合道、すしづくりを体験したり、講師を呼んでマクロ経済学や中世・近代史の講義を受けたりするというコースもあります。参加者は14~15人で期間は3年。費用は自腹です。やっぱりそうじゃなきゃ真剣になりませんから」
「これからは人事研修も挙手制にしようと思っています。学びたくない人、面倒くさいと思う人は来なくていいですと。それで評価が悪くなったり、昇格が遅れたりといったことはありません。押し付けでやっても無駄になりますから」
「重要なのは、社員自身が学びたい、成長したいという意志を持つこと。私も含めて社員に一番必要なのは、成長実感だと思うんです。一生懸命努力して目標をクリアした時の達成感、高揚感は最高だし、それを味わってほしい。成長できる環境を提供し、背中を押す。それがリーダーの役割だと思っています」
たかはら・たかひさ 1961年愛媛県生まれ。父親の慶一朗氏がユニ・チャームの前身である「大成化工」を創業したのもこの年だ。成城大経卒、三和銀行(現三菱UFJ銀行)を経て、91年ユニ・チャームに入社。「社長を継ぐのは20年後」のつもりだったが、実際には10年後の01年に39歳でバトンを受け継いだ。トップダウン型だった父とは異なり、社員が互いに感化し合う「共振の経営」という理念を打ち出すとともに、積極的な海外展開で業績を大きく伸ばした。