高原慶一朗氏死去、ユニ・チャーム創業、国際展開を推進(2018/10/10)

ユニ・チャームの創業者で、同社を世界的日用品メーカーに育てた高原慶一朗(たかはら・けいいちろう)氏が10月3日18時9分、老衰のため東京都内の自宅で死去した。87歳だった。近親者のみで密葬を行った。後日お別れの会を行うが、日取りなどは未定。

愛媛県出身。1953年に大阪市立大を卒業した後、大阪の製紙会社に就職した。その後で独立し、61年にユニ・チャームの前身である大成化工を設立。生理用ナプキンの製造を始めた。その後は紙おむつなどに業容を拡大した。

80年代以降には、競合の日用品メーカーに先行して中国や東南アジアに進出した。

サウジアラビアなど日系企業がほとんど進出していない新興国にも積極展開し、ユニ・チャームが米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)や英蘭ユニリーバなどと並ぶグローバル企業になる礎を築いた。

2001年に長男の豪久氏に社長職を譲って会長となった後は、私財を投じてスタートアップ企業に投資する基金を設立するなど、後進の育成にも取り組んだ。10年3月に日本経済新聞に「私の履歴書」を連載した。