ユニ・チャーム、苦戦の中国、ママ動画で逆襲、「赤ちゃんの安心」発信、月1億回再生、越境EC、次世代の試金石(2018/02/14)

毎月の動画の再生回数が1億回に達する中国の育児情報メディア「ベイビリー(貝貝粒)」。運営するのはユニ・チャームだ。「機能を絞ってより安く」というローカライズ戦略が通用しなくなった今、中国事業は踊り場を迎えている。子育ての悩みに応える動画でママの心をつかみ、越境EC(電子商取引)へといざなう。新たな戦略に挑む。

「帯給宝宝安全安心」

日本語に訳せば「赤ちゃんに安全安心を」となるメッセージを発信し、中国のママから支持を集めるベイビリー。中国版のツイッター「微博(ウェイボー)」など20以上のソーシャルメディアを通じ、2017年2月から毎日、長さ1分程度のショートムービー数本を配信している。会員数は250万人を超え、1カ月の再生回数は1億回。人気動画には1000超のコメントがつく。

実際の運営を担うのは16年に設立したワンドット(東京・港)。東京都目黒区のスタジオでは毎月、映像制作会社などから転じた10人ほどのスタッフが70~100本の動画を量産する。内容は離乳食の調理方法、日本や中国などで販売されているベビー用品の紹介、紙おむつでつくるケーキのオブジェと幅広い。

育児悩みに対応

オシャレなシステムキッチンの上、小型の卓上コンロに乗った手鍋に四方からライトが当たる。頭上の固定カメラの映像を手元のモニター画面で確認しながら、慣れた手つきで女性スタッフが餅米やハスの実、ナツメなどを鍋に投じると、できあがるのは離乳食「四神小排粥」だ。

中国人になじみのある食材を使い、日本の管理栄養士が対象年齢の赤ちゃんに適切な献立かを監修する。動画の撮影責任者、坪田朋氏は「材料の分量や調理器具の使い方まで細かく中国語の字幕を入れる。共働きで外食が多い中国人の夫婦でも自炊にトライできる実践的な内容」と胸を張る。

高原豪久社長の号令のもと、ベイビリーのプロジェクトが動き始めたのは16年秋。日本と同様、育児に悩む若い母親が増えているとみたからだ。経済成長や社会環境の変化に伴い、育児環境に対する世代間ギャップが拡大している中国。親世代のノウハウを頼りにできない若いママたちに信頼性の高い育児情報を提供し、ベビー用品の販売拡大につなげようという狙いがある。

ユニ・チャームは日本でも01年に育児関連情報サイト「ベビータウン」をいち早く開設。100万人の会員を擁するサイトに育てた。ベビータウンは日本国内の紙おむつの販売でネット通販の重要販路となっている。日本以上にデジタル化が進む中国でこの成功体験の再現を目指している。

コンテンツはあくまで中国人の目線でつくる。ワンドットの中国・上海の拠点では日夜、約10人の中国人スタッフが現地の育児実態の調査に余念がない。

ベイビリーの立ち上げに先行し、上海や北京など主要都市では赤ちゃんを抱える100人以上の男女から使っているベビー用品や育児への不安などを聞き取った。配信した動画に対するソーシャルメディア上での消費者の反応は逐次、翻訳・分析。東京の制作現場にフィードバックする。

中国ではベイビリーのほかにも数社が運営する育児情報に特化した有力サイトがある。その中でも、250万人を超える会員を抱えるベイビリーは有力配信先の1つであるウェイボーの運営会社から「中国最大」とのお墨付きを得ている。

毎年1800万人の新生児が誕生する中国は世界最大の紙おむつ市場。ほんの数年前まで海外ブランド各社は機能を絞り価格を抑えたローカライズ商品をリアルの店舗に効率的に配荷することを競ってきた。02年に中国市場に参入したユニ・チャームも当初は現地生産する「マミーポコ」ブランドを中心に量販店に販路を広げてきた。

そんなローカライズ戦略が通用しなくなっている。スマートフォン(スマホ)の普及とネット通販の台頭によって、中国の紙おむつの販売は過半が電子商取引(EC)に移り、ユニ・チャームではすでに7割がネット通販に切り替わった。

上海に住む梁杰敏さん(36)は夫と12歳の娘、0歳の息子との4人暮らし。現地メーカーを含めれば、100を超すブランドがひしめく紙おむつから選んだのはユニ・チャームの「ムーニー」。高級品にはなるものの、「ぽっちゃり型の息子の体も締め付けない、優しい『ムーニー』を手放せない」。スマホでネット通販のセール情報を収集し、まとめ買いする。

ユニ・チャームが16年に日本と中国でほぼ同時に発売した「ナチュラルムーニー」はオーガニックコットンを使った最高級品。ネット通販業者が一斉セールを実施した11月11日(独身の日)、中国のECサイト全体でユニ・チャームの売上高は前年実績の2・5倍に達した。けん引したのは価格がムーニーの1・5倍というナチュラルムーニーだった。

強まる品質志向

ワンドットの最高経営責任者(CEO)、鳥巣知得氏は「我が子のために最高の品質を求めて、ネットを回るのが中国の消費者」と指摘する。紙おむつの販売という最終的な目的のため、立ち上げたベイビリー。品質志向を強める中国のママたちを取り込むためには格好のビジネスツールともいえる。しかし、中国のママたちは「ステルス・マーケティングへの警戒心も強い」(鳥巣氏)。

ナチュラルムーニーの発売に前後し、ベイビリーではオーガニックコットンの安全性や環境負荷の低さを紹介する動画を配信した。映像の背景にさりげなくナチュラルムーニーのパッケージを映し込む一方、価格情報などは伏せた。CM色を極力薄めたのは「2年はベイビリーの信頼性の構築にかけ、その後、通販サイトなどとの連動を進める」(鳥巣氏)という長期戦略があるからだ。

ユニ・チャームがベイビリーの信頼構築に時間をかけるのはなぜか。

日本の日用品メーカーの業績も押し上げた中国からの訪日客の爆買い。沈静化したとされるインバウンド(訪日客)需要はいま、その購入形態が変化した。訪日した際に気に入った商品を帰国後も越境ECで購入を続ける。ユニ・チャームのある幹部は「インバウンドと越境ECの両輪だった中国人向けの販売はECに完全にシフトした」と話す。

17年11月には中国政府が日用品や化粧品の輸入関税率を大幅に引き下げる方針を発表。並行輸入業者の違法行為を押さえ込むため、人気の高い紙おむつは輸入関税がゼロとなった。「越境ECはインバウンドより潜在力がはるかに大きく、成長の加速はこれから」(国内アナリスト)という指摘もある。

将来の通販サイトとの連動を視野に入れるベイビリー。中国最大となった育児情報サイトを「ポスト」インバウンド時代の中国事業の中核ビジネスツールとできるのか。ユニ・チャームの挑戦の成否は日本の日用品メーカーにとっても試金石となる。